特別お題「今だから話せること」
こんにちは。てんすけです。
みなさんは「愛がなんだ」という映画はご存知ですか?
私はこの映画を初めて見た時、若葉竜也さん演じるナカハラに非常に共感を覚えました。
いや
いつ私のこと取材した?
とまで思いました。
どうしてここまで共感を覚えたか、それは社会人になったばかりのとある出来事がずっと忘れられないからです。
今回の記事では、その時の話を書いていきます。
多分に脚色を含んでいます。また、登場人物の名前はすべて仮名です。
社会人になったばかりのころ。
私は就職活動を適当にやっていたせいで、新卒カードを無駄にしてしまっていた。
そのため、非正規1年のみの契約で役所関係のとある仕事に就くことになった。
その時に出会った直属の先輩、岸本さんとの話。
岸本さんは1つ上の先輩で、北川景子さんのような感じで、役所の仕事をしている人にしては珍しいタイプの方。
大学のゼミや部活の先輩と接するような形で、私は岸本さんに接した。
てんすけ「岸本さん、ここ分からないんすけどどうしたらいいっすか?」
岸本さん「は!?さっきも教えたじゃん。ちょっとは調べたの?」
てんすけ「調べたんすけどね……。」
岸本さん「まあ、がんばりはわかるから定時後に一緒にやろう。」
と、大学生気分がまったく抜けていないてんすけの失礼な態度にも腹を立てずに熱心に教えてくれる方で、私は姉ができたように思っていた。
この定時後に2人で残った仕事をゆっくりやる時間が、当時社会人になったばかりの私はとても好きだった。
岸本さん「はあー!!やっと終わった。喉乾いたね。なんか飲みたいね。」
てんすけ「うす!買ってきます!何がいいですか?」
岸本さん「うむ。気が利くな。てか、毎日行ってんだからわかるでしょうが(笑)」
てんすけ「そっすね!無糖の紅茶っすね。いってきます。」
こんなゆるい先輩後輩のやり取りを毎日していた。
ちなみに、この頃は岸本さんに対して好きとかそういう感情はまだない。
そういう感情が生まれてきたのは、とある出来事があってからだ。
そこから色々と関係もこじれた。
私が勤めていた部署は、1〜6年目までの若い人が非常に多く、若手の中のリーダー格が毎週末に若手だけの飲み会を企画していた。
私はこの飲み会が非常に嫌だった。基本的にはリーダー格の人の愚痴を聞くというのがメインだから。
ただ、岸本さんは違った。
飲み会があると基本的には参加。
愚痴もニコニコと聞く。
さらに、私以外にもいた大卒1年目組いわゆる同期の相談みたいなのも率先して聞いているのだ。
私と同じ年の同期たちが飲み会のたびに、岸本さんの周りに集まっては相談をしているのを見て、なんだか私は少し優越感を覚えていた。
「てんすけは、あんなきれいな先輩が隣の席でいつも教えてくれるなんてうらやましいよ!」
「てんすけくんは感謝しなよ。全然仕事できないの、岸本さんが遅くまで残ってカバーしてくれてるじゃん。」
自分の姉が褒められているような嬉しいようなむず痒いような、そんな思いでこんな話を同期たちとしていた。
仕事にも少しずつ慣れ始めた6月ごろ、いつもの週末飲み会中に転機があった。
毎週末行われている飲み会は、定時に順に上がっては居酒屋で合流するというルールだった。残業している先輩社員に気を遣ってという今では考えられないような暗黙のルールだ。
私と岸本さんは、席も近いので一緒に出ていくことが多かった。
ただ、この日は違った。
てんすけ「そろそろですかね。岸本さん、私ロッカーに行ってから出るんで玄関で待ってますね。」
岸本さん「あ、てんすけくん。今日は先行ってて。私ちょっと用事があってさ。」
用事と言われたので、私は先に居酒屋へと向かった。
居酒屋には、同期のAくんが待っていた。Aくんは年も同じで一人暮らしをしているということもあって同期の中では一番仲の良い子だった。
Aくん「あれ?てんすけ、岸本さん一緒じゃないの?」
てんすけ「なんか用事あるらしいから、俺先来たよ。」
Aくん「なんだよ。もしかして彼氏と会うから今日は来ないのかな。ショックー。」
てんすけ「え?彼氏とかいるのかな?てか、なんでAくんがショックなんだよ。」
Aくん「え?逆にお前その辺知らないの?あんな毎日喋ってるのに?」
そう言われて初めて気が付いた。
岸本さんと恋愛事情みたいな踏みこんだ話はしたことがないことを。
Aくん「そうそう、俺は岸本さんのこと良いと思ってるからお前のこと結構むかついてるからな(笑)」
というAくんの一言にカチンときたことを。
その飲み会に、岸本さんは1時間くらい遅れてきた。
飲み会中はいつもの岸本さんで、同期たちの話をウンウン聞く。もちろんAくんの話も。
私は帰り道に少し、そういうプライベートな話をしてみようと思った。ただ、まだ大学生に毛が生えたような状態。
面と向かって、彼氏がいるかという誤解を招きそうなことは聞けない。聞く勇気がない。
だから、私は居酒屋から駅へ向かう道で、岸本さんに言った。
てんすけ「あの、今好きな人がいて、岸本さんにちょっとアドバイスいただけたらなと思うんですけど……。」
岸本さん「え!?ホント!?え!?え!?テンション上がっちゃったじゃん!ちょっと話聞きたいから今からもう一軒行こ。」
ただの嘘だ。
大学の頃からの飲み仲間の中に、ちょっと気になっているというレベルの子はいたが、まあ嘘だ。
そんな嘘の相談を、2人だけで2軒めの居酒屋に移動して、岸本さんは興味津々に聞いてくれた。
岸本さん「どんな子?どんな子?写真あるの?」
てんすけ「えっと、大学の同級生で、写真はmixiとかにならあるかな……。」
岸本さん「えー!探そう探そう。見たいから!」
嘘の相談を広げるのはすごく難しいし、ここで友達の写真をひとまず見せること自体もすごく嫌だった。
ただ、この話の中で岸本さんは衝撃的なことを言った。
岸本さん「私の彼氏は社会人になってから出会ったから、こういうのいいな〜。大学の頃からずっとなんでしょ。ピュアだ。」
やっぱり岸本さんには彼氏がいた。
てんすけ「岸本さん、彼氏いたんですね。知らなかったです。」
岸本さん「言ってなかったか。隠してるわけじゃないんだけどね。」
岸本さんは彼氏の写真も見せてくれた。年上でガッチリした体型のイケメンと岸本さんが並んでいる写真だった。
なぜかこの写真を見た時、私はたまらなく悔しいという感情を抱いた。
この並んでいるのが、私ではないことになのか、彼氏がいたという事実そのものに対してなのかはわからない。
でも、たしかに悔しかった。
岸本さんが好きじゃない、悔しいのだ。
この日は、私の恋愛相談という体で2人で飲んだだけだったのでこれで解散した。
私は自分の中に生まれた感情を咀嚼できなかった。
岸本さんの彼氏になりたい?違う。
岸本さんに好きだと言われたい?違う。
肉体関係を結びたい?違う。
わからないまま悔しいという感情だけこの日から残った。
その日から定例の飲み会の後に、2人だけの二次会は続いた。
二次会ではお互いプライベートな話をする。
自分の過去の恋愛のことや、トラウマのこと。
岸本さん「私、大学になるまでまっっったく恋愛したことなくて、初めての彼氏できるの遅かったんだよ。告白されることもなかったし。」
てんすけ「めちゃくちゃモテそうですけどね。岸本さんは。告白されて付き合うって感じだったんですか?」
岸本さん「うーん。嬉しいけどそれはなかったかな。友達から彼氏に〜ってパターンが多かった。」
“じゃあ、私は今どんなレベルですか?”
それは聞けなかった。
2人だけの二次会を続けるうちに、私の中で確実に芽生えた感情は、“ちゃんと自分を評価してほしい”だった。
そんな自分の感情を宙ぶらりんにしたまま、2人だけの二次会は1ヶ月も続き、かなり遅い時間まで飲むようになった。
ある日、珍しく岸本さんが酒をあおっていた。
仕事で上司に理不尽に怒られたようだった。その愚痴を散々聞いてこの日の2人だけの二次会は終わった。
ただ、岸本さんは完全に潰れていて1人で帰すわけにはいかない状態だった。
てんすけ「岸本さん、大丈夫ですか?タクシー呼びましょうか?」
岸本さん「大丈夫大丈夫!1人で帰るよ。なめんなよ〜。」
とは言っているが、心配だったのでタクシーを呼んで乗るように促した。
てんすけ「じゃあ、最寄り駅言ったので気をつけてくださいね。お疲れさまでした。」
岸本さんからは反応がない。タクシーに乗った瞬間寝てしまったようだ。
もうこうなったらしょうがない。私もタクシーに乗り込み、岸本さんを送ることにした。
寝ている岸本さんの横に座った。すると、私の肩に岸本さんが寄りかかる。
すごく嬉しかった。
酔っているし、寝ているだろうから当たり前だが、今この瞬間は私を頼っている。
それがすごく嬉しかったのだ。
しばらくして、岸本さんの家に着いた。
岸本さんは一人暮らしだったので、私は玄関まで連れていきそのまま帰ろうと思っていた。
そうはならなかった。
岸本さんは寄りかかる形で、私の身体を抱きしめていた。
ここでも私は頼られていることに嬉しいと思った。
この人のことが好きだ。
残念ながらその感情はなかった。いつも助けてくれる岸本さんが今は私を頼っている。
その日、私は自宅へは帰らなかった。
岸本さんの家で夜を明かした私は、彼女が目覚める前に帰路についた。
こんなことがあった日から、岸本さんと私の2次会は夜を超えるのが当たり前になっていった。
居酒屋で他愛ないプライベートの話で一通り盛り上がっては、どちらかの家に行って飲む。
私は岸本さんにとって特別な後輩になっているんじゃないかと思っていた。
正直、この時私は岸本さんの彼氏になりたいとは思っていなかった。
ただ、岸本さんが親しい人に対して、私を紹介する時に“職場の後輩”と言ってほしくなかっただけだ。
今後どんなことがあろうとも、岸本さんにとって後輩といえばてんすけ。
岸本さんのこと、てんすけだったら何でも知っている。
そういう特別な存在でありたかっただけ。
この週末にある2人だけの二次会がある限りは、幸せは続く。
そう思っていた。
岸本さんには変わらず彼氏がいた。
二次会での話を聞く限り、かなり順調なようだ。来年には同棲もするらしい。
私は応援もしていた。それでいい。この関係がずっと続きますように。
それだけが私の願いだった。
それから半年くらい、この関係は続いた。
半年後、私の契約期間が満了に迫ったところでこの話は唐突に終わる。
私は、来年もここで働き、正規採用を目指したいと希望を出していた。
しかし、それは叶わなかった。
幸か不幸か私の仕事ぶりを見た、とある偉い人が別の部署に正規で採用して引き抜きたいと言っているからだそうだ。
上司から来年度のことを伝えられた時、私は頭の中が真っ白になった。
仕事のことではない。当然岸本さんとのことだ。
私は彼氏になりたいわけではなかった。というか、なれない。
だから、岸本さんの連絡先は知っていても休みの日に連絡したことは一度もない。
あの週末の時間だけだ。岸本さんの近くにいられたのは。
この仕事場ではなくなったら、もう2度と会えないことはわかっていた。
この話を受けた週末の2人だけの二次会で話をした。
てんすけ「岸本さん、来年のこと言われましたか?」
岸本さん「言われたよ。別に驚くこともなくそのままだったから何にも感想なし!」
てんすけ「そうですか。私は異動?というか正規採用というか、まあ来年はいられません。」
そう伝えた時、岸本さんは悲しむと思った。
そうではなかった。
岸本さん「そうなんだ。残念だけど、もうこんな感じに飲めなくなるね。」
いつもの笑顔のままそう告げられた。
岸本さんにとって、この関係は特別ではなかったのか?
私はわからなくなった。
私はこの関係をなくしたくない。
でも、岸本さんは来年また違う後輩を見つけては、こういう関係になるのか?
何もわからなくなった。
てんすけ「すいません。今日はちょっとショックで帰ります。」
私はそう言ってこの日は帰った。
正確には自宅近くの公園で、缶コーヒーを飲みながら泣いた。
なんで泣いているかわからなかった。
フラれたわけではない。
というか、フラれる身分でもない。
だって、私は岸本さんが“好き”だと一言も言ってないのだ。
でも、今この時わかった。
これが“好き”だ。
誰かの特別になりたいという感情は“好き”なんだ。
やっと気づいた。でも、遅かったのかもしれない。
年度末、正式に辞令が出る季節になった。
岸本さんとの2人の二次会もなんだか気まずく行かなくなってしまった。
それで、岸本さん自身も私の気持ちを察したのかもしれない。
職場を去る日の前日、私は一人残って黙黙と荷物を片付けていた。
岸本さん「よ!」
てんすけ「!?岸本さん!お疲れさまです。帰ったんじゃないんですか?」
岸本さん「なんか、てんすけくん落ち込んでそうだからラーメンでも行こっかと思って。」
てんすけ「ありがとうございます。ラーメンってなんか新鮮ですね。」
荷物の片付けも終わったので、そのまま帰りがてら駅近くのカウンターしかないラーメン屋さんに2人で行った。
翌日は送別会やらなんやらで忙しい。
だから、2人でゆっくり話せるのはこれが最後だ。
私は気持ちを伝えた方がいいのか迷っていた。
岸本さんはすでに同棲を始めていて、結婚も考えているという話を聞いていたからだ。
ただ、このまま別れるのは何か違う気がした。
だから、何かは言わなくてはいけない。
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てんすけ「あの、岸本さん。ちょっと話があるんですけど。」
岸本さん「知ってた。はいどうぞ。」
てんすけ「4月からずっとありがとうございました。新しい場所で採用してもらえたのも、岸本さんに色々教えてもらったからです。本当に感謝しています。」
岸本さん「そういうのか(笑)いやいや、あなたは優秀なんだからがんばりなさい。最初はすっごい手がかかるなって思ってたけど。」
岸本さんは私の肩をかなり強く叩いた。
てんすけ「もちろんもう一つ。ずっとずっとなんて言おうか迷っていました。言って良いものかわからなくて。」
岸本さん「……。」
てんすけ「私はずっとずっと岸本さんの1番の後輩でいます。この先ずっとずっと。この1年間であなたのこと憧れて憧れてずっと見ていました。この先も憧れさせてください。」
岸本さんは驚いていた。
多分、きっぱり私をフッて決着を付けようとしてくれたのだろう。
つくづくすごい先輩だと思う。
岸本さん「わかりました。じゃあ、4月からもがんばってね。てんすけくんが出世して有名になったら、私が恥ずかしいミス暴露しまくってやるから。」
てんすけ「ありがとうございます。お元気で。」
最後に握手をして別れた。
私ははっきり好きとは言えなかった。
最後の最後まで甘えてしまっていた。
お互い“好き”と相手に伝えない関係。
これを恋愛関係と言うのだろうか。
私は未だにわからないでいるから、ずっとこの経験を忘れられない。
岸本さんのその後はわからない。
4月からは新たな仕事に忙殺されていたからだ。
何よりプライベートで連絡を取り合うのはずっとタブーなままだからだ。
この話を毎年3月くらいになると思い出す。
そして、最後に岸本さんと話したラーメン屋さんでラーメンを食べたくなる。
この話はいつまで私の心にのこり続けるかはわからない。
でも、学生から社会人になったばかりの多感な時期の不思議で貴重な思い出として、これからもずっと心のどこかにはしまっておきたい。
Photo by ぱくたそhttps://www.pakutaso.com/