中学2年生の頃、初めて自分のパソコンを買ってもらった。
2000年代前半のインターネット。今のように本名やリアルでのあだ名をネット用にそのまま設定している人はおらず、誰もがハンドルネーム(HN)という別の名を持ち、ネット上の別人格を持っていた時代だった。
パソコンを手に入れたての私がやったこと。それはチャットルームに入り浸ることだった。
なんと言っても中学2年生。パソコンを学習に役立てようなど、微塵も考えていなかった。「金田一少年の事件簿 電脳山荘殺人事件」を読み、HNで知り合った者同士が出会って意気投合し友達になるということに憧れていた。
というか、ただ同年代の女子と仲良くなりたかっただけだ。
とあるチャットルームを見つけ、半年ほど入り浸った。
おかげでブラインドタッチは完全習得していた。
だが、そこにいたのは大学生から20代くらいの自分より上の世代ばかり。物足りなさを感じていた。
「女子とチャットしたい。」
ある日、そこで出会った人からネットゲームを紹介された。「リネージュ」というMMORPGだった。
MMORPG(Massively Multiplayer Online Role-Playing Game、マッシブリー・マルチプレイヤー・オンライン・ロール・プレイング・ゲーム)とは、「大規模多人数同時参加型オンラインRPG」のことである。オンラインゲームの一種でコンピューターRPGをモチーフとしたものを指す。
早速「リネージュ」を始めた。生まれて始めてWebMoneyも購入した。
当時は基本プレイ無料ではなく、月額制だった。そもそもネットゲームの文化すら無かった時代だったので親を説得し、おこづかいからこのお金を捻出していた。
WebMoney(ウェブマネー)は、プリペイド型電子決済サービスのブランド名称。
「リネージュ」というゲームの特徴は血盟というプレイヤー同士のチームを組め、チーム単位でのPvPが可能な点だった。そのため、プレイヤーはそれぞれ血盟に所属し、交流を深める。
私も例に漏れず、血盟に加入した。1人でゲームをするより、仲間とした方が強くなるのも早い。それからはゲームにますますのめり込んでいった。
血盟内でも上位の強さを手に入れた。ボスも狩れるようになった。
だが、まだ満たされないものがあった。
「同年代の女の子とチャットしたい。」
ある日、新メンバーの歓迎がてら狩り(レベル上げ)ツアーをすることになった。私は、女エルフのきょんちゃんという新メンバーと一緒に狩りに行くことになった。
きょんちゃんは普段からグループチャットで天然発言を繰り返す子だったので内心はウッキウキ。
しばらくモンスターと戦い、きょんちゃんが狩りにも慣れだした頃、リアルの話を軽くふってみた。
「俺、実は中2なんだよね。」
すると、女エルフのきょんちゃんは言った。
「え?私今年から高1だよ。ちょっとお姉さんだね(^^)」
まじですか?
「吾郎くん(当時のHN)も学生で良かった。これから仲良くしてね。」
はい!しますとも!
それからは、ゲームにログインする度にきょんちゃんを誘い一緒に狩りに出掛けた。お互い色んな話をした。
「最近、学校に教育実習の先生が来たんだ〜。」
「俺の学校にも来たけど、なんかパッとしない感じだったよ。」
「こら!(笑)失礼だぞ!中学生!(`・ω・´)」
時には
「きょんちゃんって、誰かに似てるって言われたことある?俺はたまに中尾明慶に似てるって言われる。」
「うーん。市川由衣にちょっと似てるって言われるかな(笑)」
もうテンションはMAXである。
毎日ログインするのが楽しくてしょうがなかった。睡眠時間が削られていくのも気にならなかった。毎日が薔薇色に見えたのだ。
そんな限りなくリアル<ネトゲな毎日を過ごした自分だったが、ある日きょんちゃんから相談を受けた。
「吾郎くんとゲームするの本当に楽しいな。なんか落ち着くっていうか。」
もう9割告白されると思っていた。そんな心の内を隠してクールに返す。
「ありがとう(^^)相談って何?」
「あのね、私と結婚しない?」
※リネージュには結婚というシステムがあります。アイテムとかもらえるお得なシステム。
え!?
いや、もちろんゲームの事とは分かっていたが、私の脳内では女エルフのきょんちゃんと老後の生活する所まで完全に再生が終わっていた。
「もちろん!俺で良いの?」
「吾郎くんがいいんだよ(^^)あ!もし良かったらメールもしない??もっとゲームの話とか学校の話とかしたいな。」
モテ期到来である。
ゲーム内での結婚も嬉しいが何より同年代の女子。しかも、中学2年生にとっては憧れ中の憧れの年上女子高生。テンションが上がらないわけがなかった。
もはや、リアルの学生生活などほったらかしでゲームにのめり込んでいくのは自明だった。
さらに睡眠時間を削り、学校も寝不足で遅刻したり早退したりする生活になった。
しかし、リネージュにログインしたら幸せだった。
さらに、Hotmailを開く時さらなる幸福が待っている。
Hotmail(ホットメール)は、MSNが2000年頃から提供していたWebメールサービスである。
きょんちゃんからメールが来るのだ。
「今日、文化祭だからメイド服着ることになったよ〜(^^)」
「吾郎くん、いつもメール返してくれるの嬉しいな。」
「今日は夏祭りに浴衣でいったよー( ´∀`)」
「吾郎くん、反応がかわいいね♡」
きょんちゃんとは毎日数十通メールをした。もう完全に好きだ。
てか、自分の中ではこういうのが彼女なんだと認識してた。
PCを購入してもらってから1年と少し、自分はリアルよりもネットに依存するようになっていた。それでよかった。もうきょんちゃんしか見えなかった。
ある日、リアル同級生(Aくん)に寝不足を指摘された。Aくんは小学生の頃から仲良く部活も一緒。全然遊びにのってこない私を心配したようだった。
「なんかいつも眠そうだし、最近どうしたん?」
「あー、彼女とメールしててさー。」
完全に勝ち誇っていた。俺は彼女持ち。当時はそんな言葉なかったがマウンティングである。
「まじで!?何組の誰よ??うわー、お前彼女できるとか嘘やろ!」
「え?」
そりゃそうだ。彼女と言われたら同じ中学の誰かだと思う。それが普通の中学生だ。
「いや、ネトゲで知り合った子。」
「え?それ大丈夫なの?なんか事件とか巻き込まれたりしない?」
当然Aくんは怪しんだ。ネットで知り合った同士が付き合う事なんて考えられない時代だった。
「んなことねーよ!向こうは女子高生で、学校の話めちゃくちゃしてくれるんだぞ!」
「まあ、よくわかんないからそれならいいけど。」
変な空気になったのでAくんとは少し距離を置くようになった。ここで心配してくれたAくんに素直に従っておけば良かった。
完全にきょんちゃんの彼氏と思い込んでる私は、次のステップに進むことを計画していた。
リアルで会うことである。
当時は写メールという言葉が出始めた時代。お互いの顔を知ることなどできなかった。だから、リアルで会うというのはかなり親しい仲でないとできない行為だった。
「きょんちゃん、一度リアルで会ってみない?」
私は意を決してメールを送った。きょんちゃんはいつものように30分以内にはメールを返してくれる。そう思っていた。
しかし、この日は何時になっても返ってこなかった。
嫌われたのではないか?会おうとしたからキモがられたのではないか?
私は気が気じゃなかった。リネージュにログインしても、きょんちゃんはオンラインではなかった。
どういうことだ?
数日経った。メールは来ない。送受信ボタンを連打しまくった。ゲームにはログインしているようだが、私と会わないようにしている。
もう完全に振られたと思った。しかし、まだまだ気持ちはきょんちゃん・マイ・ラブである。諦められない。
またメールを送信した。
「この前はいきなり会おうって言ってごめん。気持ち悪かったかな?またメールだけしたいと思ってる。」
また返ってこないかな。1時間ほどネットサーフィンしながらメールを待った。
すると……
受信トレイ(1)
キターーーーー
きょんちゃんからだ。メールの内容を早速確認した。
この行為が良かったのかは今でもわからない。ただ、この時すぐにメールを開いたことが私の人生に大きな影響を与えたことは事実だ。
「今までごめん。私、実は42歳のおじさんなんだ。」
何のことか意味がわからなかった。
きょんちゃんは女子高生でしょ?
私の頭の中できょんちゃんは完全に市川由衣だった。
おじ……さん……?
ネカマという言葉は知っていた。でも信じられなかった。信じたくなかった。
ドッキリなんだと思っていた。いつものように話したい。話させてよ。
すぐにもう1通きた。
「吾郎くんを騙していて本当にすみません。アイテムをもらうために君の心を弄びました。若い君の人生を台無しにしてはいけないと思ってここで告白します。こんな悪いおじさんには絶対ならないでください。」
いや、お前何いきなり大人の対応しとんじゃ。
今まで
吾郎くんかわいいね♡
とか言ってただろうが。あれどこいったんじゃ。
というか、なんであわよくば「若者を導く人生の先輩」になろうとしてんだよ。お前ただ女子高生のフリしてただけだろ。
ひとしきり怒った。その後はただただ放心していた。
本気で好きだった子がおっさん。
ネカマという言葉は聞いたことがあった。
自分が騙されるとは露とも思わなかった。
もうどうでも良くなっていた。
リアルできょんちゃんと会い、一緒にデートするんだ。
リアルではパッとしないけど、きょんちゃんとさえ会えば全部うまくいくんだ。
そんな妄想が幻想だった、叶わぬ夢だったことを知った。
あれだけレベルを上げて強くなったレベル55の吾郎もどうでもよくなった。
血盟員からの約束も来ていた。
もうどうでもいい。やる意味ない。
次の日、ネトゲのアカウントを消した。
私は救われた。ネトゲ廃人にならずにすんだ。
私を救ったのはネカマの42歳のおじさんだ。