2000年代も半ば、電車男がベストセラーになった頃の話。
まだYahoo知恵袋よりも2ちゃんだった頃の話。
「ちゃんと勉強しよう。」(当時中3)
やっとリアルに向き合い出したのだ。
そこで、地元のわりと厳しいと評判の塾に通うことにした。否、親に無理矢理入れられた。
その塾は県内の様々な中学から通う生徒が多く、テストでコース分けされるような所だった。私は中堅くらいのコースに入った。男女半々10人くらいのコース。同じ中学の友達はおらず、勉強に集中するにはとてもいい環境だった。
塾に通い始めて一ヶ月ほど経った頃、やっと雑談ができる友達ができた。
他校の女子のあいちゃん(仮名)だ。あいちゃんとは彼女がテキストを忘れた時に私のを見せたことをきっかけに仲良くなった。
あいちゃんは気さくで明るい塾の人気者だった。
塾に話せる人が皆無だった私に、たくさん話しかけてくれた。
「数学めちゃくちゃできるね!!すごい!!ちょっと教えてよ。」
「今日、お昼みんなで食べるから一緒にどう?」
中学3年生である。
もう一度言う。中学3年生である。
もちろん、すぐに好きになった。
ただ、他校の女子。正直どう関係を近づけたらいいかわからない。普通ならここで塾の別の友達や同じ中学の女友達に相談したりするのだろうが、そんな相手は皆無だった。
私はどうしたらいいか迷った。そこで、パソコンを立ち上げてチャットルームに向かった。
チャットルームには、相談できるお姉さん的存在の人がいた。
「リアルで好きな人ができました。どうしたらいいでしょう?」
「いいね!若いね!!告白しなよ!」
「でも、告白とかわかりません。どうしたらいいですか??」
「ちゃんと好きって言ったらいいんだよ。言われたらみんな嬉しいよ。」
“好きと言われたらみんな嬉しい”
大人になった今ならこの言葉に込められた機微が分かる。
しかし、中学3年生である。字面通りに受け取るしかなかった。
チャンスがあったら告白しよう!
私はこの日固い決意をした。
完全に自己都合でだ。
ただ、ここで問題が生じた。
直接言う勇気は無い。というより、誰も友達がいないので2人きりになるという状況が作れない。
困った私は愛読書の遊戯王1巻のあるエピソードを参考にする事にした。
気持ちを文章にする
これならできると思った。何より手紙を渡すだけでいい。
早速書いたラブレターを塾のカバンに常に入れておく事にした。機会があったら渡そう。そう思い続けていた。
半年が経った。
高校生になっていた。
どんだけ溜めたのか。
否、手紙を渡す機会など一切無かった。
当然である。方や、塾の人気者の女子。方や、ぼっちメン。
ただ、気持ちは冷めない。
高校生になってもお互い塾には通っていた。だから、私は常にカバンにラブレターを忍ばせていた。
そんなある日、ついにチャンスが訪れたのだ。
夜遅くまで自習室に残っていた時のこと。あいちゃんと2人になった。あいちゃんは駅まで一緒に帰ろうと提案してくれた。本当に優しい。
チャンスだと思った。私はチャリ通学のため、駐輪場から自転車を取ってきて駅まであいちゃんを送って行くことになった。
ちょっと離れた駐輪場から自転車を取り出して、塾に戻る。
戻った時、とんでもないことが起こっていた。
なんと、あいちゃんが男に絡まれてナンパされていたのだ。
めちゃくちゃ困っている様子だった。
私の心の何かに火が付いた。
自転車を全速力で走らせ、ナンパ男の前で急停車する。
突然つっこんできた自転車男に驚き、ナンパ男はあいちゃんから離れた。
「え!?なになに!?彼氏??」
私は「その通りだ!」とは言えなかった。
そんな勇気がなかった。でも、この時あいちゃんを守れた達成感はあった。
ナンパ男を静かににらみつける。
てんすけのイメージです。
あいちゃんは私の自転車のカゴを引いて、早く離れようと促した。
ナンパ男から離れてちょっと歩いた。駅に着く。
内心、さっきの事でドキドキしていたが告白するなら今だと思った。私はかばんから素早く手紙を出した。
「あいちゃん、これ読んで!」
「え?え?うん。わかった。」
「じゃあ、また!!」
「あ、うん。ばいばい。」
颯爽と自転車を走らせ帰った。
きまった。
完全に成功したと思った。
帰宅した私は、この告白を報告しようといつものチャットルームに入った。相談したお姉さん的存在はじめ、数人いた。
「ついに告白したよ。」
「やったじゃん!!がんばったね。」
「彼女持ちとかおいおいwww」
「いってよし」
チャットルームにいる画面の向こう側の友達は私の行動をたたえてくれた。そのチャットの中である人がこんなことを言った。
「なんか電車男みたいだね。」
電車男の本は読んだことがあった。たしかにエルメスと出会った時の話に似ていると思った。自分だったらこれはなんだろう。
そうだ。「チャリ男」だ。
「チャリ男でいいんじゃない?今度からHNそうしようかな。」
「安易じゃん>吾郎」
「ださい笑<チャリ男」
「ドラマみたいになるといいね。」
散々煽られたが、私はワクワクしていた。ちなみに勝手にテーマソングも設定していた。ガンダムSEEDの2ndEDの「RIVER」だ。
これからドラマのような恋が始まるのではないか。
「俺は電車男のようになるぞ!」
私はそんな期待をいだきながらその日はチャットルームを後にした。結果は必ず報告すると告げて。
翌日、塾に行った。
あいちゃんは来てなかった。
たまたま休んでいるだけかなと思った。
次の日も来なかった。
また次の日も。
具合が悪いのだろうなと思っていた。
私は手紙の返答をもらうのはいつか楽しみだった。割愛したが手紙を渡した時に赤外線通信をして連絡先を交換していたので、返答はいつでももらえる状態だ。
毎日、携帯でセンター問い合わせをして待った。
いつまで待ってもメールは来なかった。
そんな時相談するのは、チャットルームだ。
「全然返信こない。どうしよう。」
「チャリ男きた!」
「フラれただけじゃね?」
散々煽るやつが多かったが、お姉さん的存在の人だけがアドバイスをくれた。
「一度、自分から送ってみたら?」
そうか!自分から聞いてみたらいいのか。私は早速携帯で文章を打ち、メールを送信した。
「手紙読んでくれましたか?返信待ってます。」
絵文字を入れつつ、自然を演出した。
1週間待った。
返信は来なかった。
これ以上催促するのもどうかと思い、自分からの連絡はやめた。
チャリ男の恋愛はなかなか進まない。でも、この後必ずドラマチックな展開が待っている。その時はなぜかそう確信していた。
ある日、登校しようと朝の電車に乗った時、あいちゃんと遭遇した。
「あ、久しぶ……。」
声をかけようとしたが、言葉をつぐんでしまった。
あいちゃんは男子と手をつないでいたからだ。
相手は、あの時のナンパ男だった。
よく分からなかった。
なんで??嫌がってたんじゃないの??
私はすぐに別の車輌に移動した。
後から、あいちゃんと同じ高校に行った友達に聞いた。
私がナンパ男だと思っていた男子は、あいちゃんと中学から仲の良かった友達だと。
そのままカップルになっただろうことは簡単に想像着いた。
私は電車男のように、彼女を守ったと思い込んでいただけだった。
私がやったことは、久しぶりに会った同級生の会話を邪魔しただけ。
電車男のようなことは起こらない。
その後、あいちゃんが塾をやめたことを知った。
私も大学受験が近づくにつれ、その塾はやめて予備校に行くようになった。
チャットルームにチャリ男が現れることは二度となかった。